病院の外来においでになって、「もう八十歳を越えました。昔ならとっくに死んでいた歳なのに、ありがたいことだ」とおっしゃる方々が多くなっています。日本人の平均寿命は、男性は七十六歳、女性は八十二歳で、これは世界一です。この内には、健康で長生きした方もあれば、何かの病気で若くして亡くなられた方もあります。これを例えれば、「人生はマラソン競争」ということができるかと思います。上手な走り方をする人はずっと遠くまで走ることができますが、下手な走り方をする人はすぐ疲れて倒れてしまいます。上手な走り方といいますのは、成人病にならないような暮らし方ということになります。現在の日本人の死亡原因の第一位はガンで、次に心臓病、脳卒中の順です。これらの成人病は、既に小児の頃から始まっており、日々の暮らし方の中に原因となるものがあって、それが積もり積もって発症するものです。マラソン競争においても同様のことが言えます。自分の一歩一歩の走り方が正しいものかどうかを採点してくれるのが各種の検診だということになります。積極的に検診を受けられることによって人生というマラソン競争の勝利者となりたいものです。
【第16話】めまいがする、当たるかも知れない?
「めまいがする、当たるかも知れないと思い急いで来ました。」 患者さんからこんな訴えを受けることがあります。その症状をよくお聞きしてみると、立ちくらみ、ふらつきである場合と、回転性のめまいである場合とがあります。立ちくらみは、立ち上がった瞬間に血圧が下がり脳幹が虚血に陥ることによって起こります。ふらつき、浮動感あるいは動揺感も多くは脳幹や小脳の障害によって起こります。これらの場合の原因は、脳動脈硬化であることが多く、脳の血液循環を改善する薬を服用することが必要です。このような患者さんでは、脳循環の自動調節機構が弱いので、体血圧が下がると、脳血流も低下してしまいます。血圧の薬を服用したら、返って頭の具合いが悪いとおっしゃる患者さんの場合は降圧剤の服用は好ましくない訳です。次に回転性のめまいである場合は、天井や景色あるいは自分がぐるぐるまわっているような感じがします。もしこの症状に頭痛が加わっている時は小脳出血であることがありますから、急いで来院してください。また、この症状の他に難聴や耳鳴を伴う時、あるいは他に症状のない時では、恐いめまいではありません。
【第17話】カゼをひきました、少し強い薬をください
今年もカゼの最盛期になりました。「カゼをひきました、少し強い薬をください。」患者さんからこんな希望を受けることがあります。カゼの症状として、発熱と炎症、痰、咳、鼻水、などがあります。それぞれの症状を強い薬で抑えたほうがいいのでしょうか?必ずしもそうではありません。発熱は、白血球を活発にし気道の繊毛運動を活発にし、ウィルスの活動を弱めます。炎症は体の免疫反応です。従って、これらを強い解熱消炎剤で抑えてしまうと、かえってカゼは長引いてしまうことがあります。感染を早く終わらせるためには発熱は必要なので、軽い発熱なら薬で無理に下げなくて良いでしょう。感染した部位で作られる痰には、ウィルスや細菌を殺す成分が含まれ、これらを包み込んで出てきますが、もし、強い鎮咳剤で咳を抑えてしまいますと、痰が気管支に貯ったままになり、呼吸が困難になったり、気管支に障害を与えたりします。鼻水には、ウィルスや細菌の感染を抑える様々な物質が含まれています。カゼ薬には過剰な炎症反応を抑える効果がありますので、高熱が続く時やひどい咳の時に服用し、なによりも栄養と安静と水分の補給に努めて下さい。
【第18話】少しでも息のあるうちに
私が津軽地方のある病院に勤務していた頃のことです。入院していたある患者さんがとうとう御臨終を迎えた時、駆け着けた大勢の家族に囲まれて、私は心臓マッサージを開始したのです。ところが家族のある方々は、「そんなこと止めてくれ。少しでも息のあるうちに早く家に連れて帰って、家で最期を迎えさせたいから」と言って強く退院を希望されたことがあります。患者さんにとっても、家族の方々にとっても、長く棲み慣れた家で最期を迎えたい、迎えさせたいという気持ちはもっともなことです。ところが現在、自宅で最期を迎える方は、全国平均で20.9%(青森県で22.1%)だそうです。厚生省は昨年4月に診療報酬の改訂を行い、在宅医療(在宅の患者さんを訪問して、診察したり看護すること)および在宅終末期医療(在宅末期の患者さんを訪問して、診察したり最期を看取ること)に重きを置き、今後更に推進するものと思われます。これに呼応して、町立病院でも在宅医療として、訪問診察、訪問看護を行って来ました。在宅の患者さんの居られる御家族では、どのように最期を迎えさせたいのか、その対応の仕方を家族全員で話合って決めておく必要があると思います。
【第19話】病院は病気を治すところ?
今まで病院は病気を治すところと考えられてきました。つまり肺炎や膵炎のような急性疾患で入院された患者さんがすっかり元気になって退院してゆくことから、病院は病気を治すところと考えられてきました。でもこの頃は少し様子が違って来ています。高齢化の進行とともに疾病構造も変化して、慢性疾患が増加しています。その中には、動脈硬化による疾患(たとえば多発性脳梗塞)などのほとんど加齢現象と言える状態まで含まれています。つまり治る病気ではない病気(?)をもって入院される患者さんが多くなっています。その結果、入院された患者さんがすっかり元気になって退院してゆくということがなく、場合によっては、入院していた分だけ更に慢性疾患が進行して退院してゆくということも少なくありません。病院では、慢性疾患に対して急性疾患の治療をする訳にはいきません。つまり、治るものでないものに、治そうとして検査投薬をしてゆく訳にはいきません。これは田子病院に限らず、全国的な大きな流れであり、今日の医療が大きな変化を強いられている理由であります。この変化の後を受けるものとして、在宅医療および在宅終末期医療が言われている訳です。