科学的?                     目次に戻る


 昭和39年、日本中が東京オリンピックに沸いた頃、私の生家にもテレビがやって来ました。小学生だった私は、テレビを運んで来た電気屋さんをどれ程か尊敬したことでしょう。当時テレビがまだ少なかった頃ですから、変な噂も流れていました。テレビの画面から人体に有害な光線が出ているというのです。
 丁度その頃、あるセールスマンがやって来て、
「科学的に考案された画期的な新発明のこの器具によって問題は解決された」
と言うのです。それは御婦人方が髪に被るヘア・ネットを四角い枠に張ったもので、これをテレビ画面に被せて使うのだそうで、科学的に説明すれば、
「画面から出た有害光線が、この細かい網目を通過することによって、細かい光の粒々になるので、目に良いのだ」
と説明してくれたのです。
 この説明は現代物理学を根底から覆すものでしたが、一同は成程とうなずくと、高価な購入を決めたのでした。ニコニコ顔のセールスマンは科学技術の普及に貢献して帰り、一同は、お蔭様で有害光線の心配もなくなり、安心して画像を楽しんだのでした。
 昔の中国のある皇帝はデザートに子猿の脳を食べることで自身の脳を良くしようとしたそうです。サーカスの曲芸師たちはお酢を飲んで体をしなやかにしたのだと聞きます。
 現代でもそんな子供騙しのような話が医薬・食品・健康産業の分野でも通用しています。健康ヘルスバンドの磁石からは○○テスラーの磁力が出て血液に活力を与えるとか、コラーゲンやヒアルロン酸のサプリメントを飲むと関節の潤滑が良くなったり肌がスベスベになるなど、枚挙にいとまがありません。
 それらの説明がどれほど科学的に正しいものかは誰にも分かりません。そんな話があまりに多くて厚生労働省だって把握し切れないのです。それで、
「健康食品やサプリメントによってこれだけの健康被害が出ています、ご注意を!」
という連絡が医療機関あてに届きます。
 患者さんは薬のことは良く話してくれますが、ご自分の健康食品やサプリメントのことは中々話してくれません。ご利益を信じて自分から進んで使用されるなら何が起こっても自己責任でしょうが、「科学的」な説明をされた患者さんが人畜無害な品物に高額な支払いをしている姿を見ると胸が痛みます。
「それは業者に有益で、患者さんに無益です」
と説明しますが、患者さんは中々納得してくれません。

     八戸市の月刊誌「うみねこ」2012年8月 564号 掲載


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