K国家の明るい未来                    目次に戻る


 西暦20××年、大晦日の夜。国家公務員のK氏は山手線のプラットホームに立っていた。予算折衝が正念場を迎え、午前様の帰宅が続いていた。疲労困憊のK氏は、ケータイを取り出して、妻に「今日も終電だよ」と伝えるつもりが、どこをどう押し間違えたか、K氏のケータイは奇妙な電波を捕らえ始めた。この時K氏は、これから驚くべき通話を傍受することになろうとは、夢にも思っていなかったのである。それは、頭上はるか大気圏を突き抜け、△△光年彼方からのものであった。K氏は固唾を飲んで耳を澄ました。

「ピ・ポ・パ・・こちら宇宙環境庁。私は長官である。ただ今、宇宙空間に漂流する不法投棄物を回収した。中身はドライアイスであり、発生源は銀河系太陽系第三惑星(地球)であると判明した。よって、銀河系担当官は直ちに地球へ急行せよ。以上」
「こちら銀河系担当官。われわれは、地球に到着するや、直ちに調査を開始しました。地球では、生物が自然発生し、地球人となってこの星を不法占拠しております。過半数の地球人たちは無駄の多い生活を貪り続け、資源の浪費に歯止めが掛けられません。地球内部から化石燃料を掘り出して燃やし、二酸化炭素を大量に発生させたため、温室効果による地球温暖化が急速に進行しています。慌てた地球人は、空気中の二酸化炭素を集めて圧縮し、ドライアイスにして宇宙空間へ放り出すロケット型廃棄処分まで始める始末です。
 そもそも、地球人たちは国家という名の群れを成して暮らしています。今回われわれが降り立ったA国は資本主義国であり、ここでは何でも市場に任せる市場原理主義を進め、規制を緩和し、競争を促進させました。その結果多数の資本家が育ち、その中のごく一部の大富豪が莫大な富を独占するようになったのです。それを明るい未来だと勘違いした隣のK国は、早速その真似をしたのでした。その結果、K国では、社会が持っていた共通の資本が痩せ細り、社会保障という国民の大型貯金箱が壊され、資本家に向かって流れ始めたのです。福祉も年金も痩せ衰え、国民皆保険制度の崩壊まで招いています。もしA国のやり方が地球上を席巻してグローバル化すると、貧富の格差が積み重なって途轍もない格差に成長して行くでしょう。やがて「小さな政府」が「少数の大富豪」によって独占されれば、もはや制度を覆すことは不可能になります。ついには「たった1人の超大富豪と69億人の貧乏人」の状態に行き着くのです。
 地球人は「景気がよい」ことを喜びますが、それは「貧乏人になる時間が速まる」ことであり、「資源の枯渇が速まる」ことであるのに気付きません。市場という欲望に任せたため、その責任を取る者も無く、地球環境は悪化の一途です。このままでは、地球温暖化どころか、炎熱地獄となるのは時間の問題です。もはや一刻の猶予もなりません。長官、ご下命を!」
「こちら長官。地球を救うために、不法占拠する地球人たちを他の星の強制収容所へ移送する。大量の貨物列車が、銀河鉄道を経由して、地球のあらゆる線路へ入線するであろう。諸君は、地球人たちをギュウギュウ詰めにし給え。以上!」

 ベンチの居眠りから薄目を開けたK氏の前には、満員の最終電車が入線し、新年が明けていた。

     
青森県医師会報平成20年 1月 536号 掲載


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