ノアの箱舟その後
神は、禁断の「知恵の実」を食べたアダムとイブをエデンの楽園から追放した。やがて、その子孫が地上に栄えると、「知恵の実」の災いにより、その心には悪がはびこり、生活は乱れた。
神は、堕落した人間を見てこれを創造したことを悔い、大洪水を起こして全ての人間を滅ぼそうと決めた。神は、「神を信じて正しい生活を送る」ノアに命じて箱舟を造らせ、彼の家族と動物たちだけが生き残るよう契約した。ノアは、この時年齢500才くらいで元気だった。
ノアは、妻と三人の息子とそれぞれの妻とで、巨大な箱舟を完成させると、全ての動物をつがいにして箱舟に乗せた。大洪水は40日40夜続き、150日のあいだ山々を沈め、地上に生きるもの全てを滅ぼした。47日後、ノアは船上から鳩を放つと鳩はオリーブの葉を加えて帰還した。大洪水が引き始め、ノアの箱船はアララト山頂に漂着し留まった。ノアは、家族と動物たちと共に、舟を出て地上に降り立ち、そこに祭壇を築いて神に献げ物を捧げた。神は、全ての生き物を祝福し、二度と大洪水を起こさぬ契約の印として、空に虹を架けた。
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やがて、ノアの末裔が地上に栄えると、再び「知恵の実」の災いにより、その心には悪がはびこり、生活は乱れた。地上は、神を忘れ信仰を失って自堕落となった人間で溢れた。資本主義に任せて地上の富を独占する人間や、社会主義の名の下に独裁に走る人間など、地球全体の利益より私利私欲を優先する人間で溢れた。そして地球は、核廃棄物の放射能に満ち、合成された毒物にまみれた。地球温暖化は一気に炎熱地獄へ進み、地殻変動の激化と天変地異の扉を開けた。「不都合な真実」はもはや誰の目にも明らかだった。
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西暦20××年、神は、堕落した人間を見てこれを創造したことを再び悔い、地獄の業火によって全ての人間を焼き尽くそうと決めた。神は、「神を信じて正しい生活を送る」ノアに命じて再び箱舟を造らせ、彼の家族と動物たちだけが生き残るよう契約した。ノアは、既に大変な高齢になっていたが、妻と三人の息子とそれぞれの妻とで、巨大な箱舟を完成させると、全ての動物をつがいにして箱舟に乗せた。今度の箱舟は強大なジェットエンジンを搭載していた。地球の各地で森林火災が多発しても、殆どの人間は「危険な猛暑は今年だけなのだ」と笑った。
やがて地球全土が未曾有の業火に覆われた時、箱舟は、燃え盛る地上を飛び立ち、焔の合間を抜けて間一髪、宇宙空間へ逃れ出ることができた。地獄の業火は40日40夜続き、150日のあいだ山々は赤々と燃えて溶岩流となり、その焔は月まで届くかと思われた。遂に、地上に生きるもの全てが焼き滅ぼされた。47日後、ノアは舟の窓から地球へ向けて鳩を放ったが、鳩は帰還しなかった。
鳩を待ちわびるノアの脳裏に、あるニュースの記憶がよぎった。「最近の科学によると、炎熱の砂漠と思われていた火星に水が存在するらしい」というものだ。ノアは、神が地球だけでなく宇宙の森羅万象を統べることを、寸分も疑ったことがなかった。ノアは思い切って箱舟の進路を火星に向けた。
ところが、箱舟が向かう火星の方角から、もう一槽の巨大な箱舟が接近して来るのが見えたのだ!△△光年の彼方から飛来したその飛行体の舟腹には、不思議な文字で「??の箱舟」と書いてある。舟先の窓から、キャプテンと思しき不思議な生物がこちらに手を振っている。どうも、ノアと同じ立場の火星人らしい。彼の背後には、奇妙な形をした得体の知れない多種多様の生物がつがいになって満載されていた。
二つの箱舟がすれ違う時、火星人ノアが奇妙な言葉で叫んだ。
「火星は炎熱地獄だよ〜、洞窟や地下深くに塩水が少し残るだけさ〜、あなた方も酔狂だね〜、あんなところ誰が住めるものかね〜、地球はこの方角で良いのかね?〜、住むなら水の星・第三惑星に決まってるさ〜、ああ楽しみだ!〜」
地球人ノアは、「神のご加護を!」と返そうとしたが、返す言葉がなかった。地球だって誰が住めるものか。神はこのことをご存じだろうか?神は火星人の面倒まで見て下さるのだろうか?火星人たちは神とうまくやっていけるのだろうか?
ノアは考えた。神は、もう一度、天地創造からやり直しをされ、今度は、禁断の「知恵の実」は無しにするだろう。それまでの間、宇宙空間を逍遙しながら、地球に戻れる日を待とう。ノアは、地球に向けて鳩を飛ばし、鳩が再びオリーブの葉を加えて帰還するのを待ち続けるのだった。
青森県医師会報 平成30年12月 667号 掲載