神様から貰った
K診療所のK先生は白昼夢の中に居た。時は西暦20××年、先生はご自身のマイナンバー・カードをパソコンに挿入すると、「あなたの現在」というページを開いた。そのページの上段には、今年度の年収と所得税額などが表示され、中段には年金の納入状況などがあり、下段には、身長、体重、肥満度などに続いて、次の項目が並んでいた。
「あなたの生涯にわたる食糧の消費の状況」
@あなたが生涯に必要とする総カロリー量は、○○kcal
Aあなたが現在まで消費した総カロリー量は、△△kcal
(Aー@): あなたに残された総カロリー量は、×× kcalです。
最後の ××kcal の数字が、黄色に点滅していた。与えられた食糧が底を突きそうで、要注意だと警告しているのだ。K先生は、その点滅に瞠目し、「ああー」と大きな溜息を吐いた。
かつて西暦2015年頃に始まったマイナンバー制度は多方面にわたり重要な役割を担うものとなっていた。例えば、人口爆発に追いつけない食糧問題において、個人の食事量は国家によって管理されていた。食べたい人が過食して糖尿病となり、その治療のために、更なる社会資源を浪費するような愚挙は許されなかった。社会の公平のため、経済的理由で食べられない人も十分守られなければならなかった。スーパーでの食品購入、ファミレスでの外食、温泉旅行でのお部屋食まで、全てカードが必携であった。個人の食事量は、ウェブ端末を介して、全て中央で一括管理されていた。若くして既に大半の食糧を食べてしまったK先生は、将来が暗澹たるものとなっていたのだ。
K先生への食糧追加は一口すら許されない。蟻穴を許したダムはやがて決壊するのが必定なのだから。将来を悲観したK先生は、いっそのこと残り全ての食糧を一気に「爆食い」して、死んでやろうと考えた。山程の食べ物を並べて大口を開けたところで、K先生はこの悪夢から覚めた!
☆
白昼夢から覚めたK先生は、いつもの往診に出掛けた。
患家の老女Aさんは高齢で老衰している。家人によれば、Aさんは最近食が細って、いくら食事を勧めても、もう食べ物をほとんど口にしないというのだ。
患家に着いたK先生は、
「Aさん、どうして食べないの?」
と聞いてみた。するとAさんは、消え入るような声で、
「私は、神様から貰った食べ物をもうみんな食べたから・・・」
そう答えると、静かに両目を閉じた。
K先生は、患家を辞する道みち考えた。食べ物に限らず、物質的な富を求めたら切りがない。神様から貰ったもので満足するしかないのだ。
青森県医師会報 平成28年 8月 639号 掲載