誰も居なくなった                目次に戻る


 西暦20××年。地球を間近に望む宇宙空間に一艘の宇宙船が静止していた。その船内の大ホールでは「全宇宙・物理学会」が開催されていた。

【 物理学会長 】それでは「全宇宙・物理学会」を開会いたします。今回も多数の惑星より、物理学会のご高名な先生方にご参集いただきました。会長としてこの上ない栄誉とするところであり、厚くお礼を申し上げる次第であります。
 では早速、本日のメイン・エベントであります、パネル・ディスカッション「物理学の破綻!地球人は自由か?」に進みたいと存じます。
 元より、私たちの住む宇宙は、全て余すところなく、物理学の法則に従って生生流転しておるのでございまして、一分の例外も認められないのであります。ところが最近、太陽系第三惑星(地球)におきまして、私たちの物理学の法則が破綻しているとの流言が聞かれますことから、私たちは至急これを検証すべく、ここへやって来たのでございました。すなわち、申すまでもなく、物理学においては、一つの原因は一つの結果を招くのであって、結果を自由に選ぶことは有り得えません。あるリンゴはその木の下に落ちるのであって、その隣の木の下に落ちる自由など無いのであります。しかるに、地球人たちは「自由意志を持って生きている」というのです。もしそれが本当ですと、それは私たちの物理学を根底から覆す反証となるものであります。
 それでは早速ですが、パネリストとして、A博士と、B博士に、「地球人とは如何なる存在か?」について、順にご発表していただきます。
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【 A博士 】私の担当は、「地球人の生い立ち」についてであります。
 地球がほぼ出来上がった頃に、そこにDNAという物質が自然発生しました。地球人たちは、このDNAによってその固体を形成するのであります。つまりDNAという言わば「印鑑」といいますか「ハンコ」とでも言うような物質を自然界に押しつけることによって、たくさんの部品を作り、これらを集めて個体を形成します。この行為を反復して増殖するのであります。
 このようにして作られた物質の集合体(地球人)は、自分が「主体的な存在である」かのような勘違いをしており、実は「主体的な存在など無い」ということに殆どの者が気付いておりません。これに初めて気付いたのは地球人の仏陀という者であり「諸法無我」と表現しております。(「まさに覚者だ」という声がフロアよりあり)

【 B博士 】私の担当は、「地球人の成り立ち」についてであります。
 先ほどのA博士のご発表にございました「物質の集合体」つまり地球人というものは、500億個の神経細胞と、それらに支配されます臓器とから成っております。神経細胞の活動は全て、当然、物理学の法則に従っておりまして、寸分の例外もございません。これらが集合して一個の地球人が出来ておるのですから、その一個の地球人は物理学の法則に従った動き方をし、またそのような人生を送っていると結論するのが当然至極と考えます。
 しかるに地球人たちはこのことを理解しておりません。地球人は、「自由意志により自由に生きている」かのような勘違いをしていて、「物理学的必然に従っている」ということに殆どの者が気付いておりません。ただ、ドストエフスキーという地球人によりますと、ロシア農民たちの間には、「豚を100匹集めても牛には成れない」という諺があるのだそうです。彼らは「不自由な細胞が500億個集まっても自由な人間には成れない」ということを見抜いていたのかも知れません。(「まさに賢者たちだ」と言う声がフロアよりあり)また、ある哲学者は言いました。「空中に放り投げられた石が、もし意識を持ったとしたら、彼は自分の力で飛んでいると勘違いするだろう」と。これこそが地球人の姿なのであります。
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【 物理学会長 】A先生、B先生、ありがとうございました。では、お二人のご発表に続きまして、フロアの先生方を交えた質疑・応答に入りたいと存じます。どなたか?・・・誰もいらっしゃいませんか?・・・「地球人は存在主体がない」。「地球人は自由意志がない」。そういう結論であったかと存じます。
 それでは本学会の結論として申し上げます。「全宇宙の何処にも自由意志を持つ主体は存在しない」のであります。あやふやな者は誰も居なくなったという訳であります。
 私たち宇宙の物理学者は、主体・自由など何処にも無いと知った上で、元気に生きております。地球人たちは、自分たちが主体的な自由な存在だと勘違いすることで、元気に生きております。そこの勘違いに気付かせて、無益に意気消沈させては可哀相です。そっとして置いて上げましょう。

 宇宙船は、静かに方向転換すると、地球から去って行った。

     青森県医師会報 平成26年 2月 609号 掲載




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