正義の味方K爺さんの白昼夢           目次に戻る


 西暦20××年、真夏の昼下がり。K爺さんはテレビの前で熱狂していた。 少年の頃から「正義の味方、月光仮面」などに夢中であったK爺さんは、かつてプロレスの王者「力道山」の熱烈なるファンでもあった。彼が無法者の胸板に空手チョップを炸裂させると、やんやの喝采を送ったものだった。今でも、古アパートに独り暮らしする彼にとって、プロレス観戦が唯一最大の楽しみであった。彼の良き伴侶たる中古テレビは、既に寿命を迎えて元気がなかったが、今回は違っていた。熱狂したK爺さんの空手チョップを食らったテレビは、ついに異様な音を発し始めたのだ。この時K爺さんは、これから驚くべき映像を傍受することになろうとは、夢にも思っていなかったのである。テレビが捕らえた怪放送は、頭上はるか大気圏を突き抜け、△△光年彼方からのものであった。 K爺さんは固唾を飲んで画面に見入った。

 ガーガーピーピー・・
【 本部長 】それでは、会議を始める。私は、宇宙防衛隊の公害対策本部長である。今日は銀河系担当の部隊からの報告を受ける。では、始め給え。
【 隊 長 】はっ。我々は、銀河系第三惑星(地球)の周囲に、汚い放射性廃棄物の漂流を感知したので、直ちに同惑星に急行し、その発生源を調査して参りました。地球人たちは安逸な生活を貪り続け、エネルギーの浪費に歯止めを掛けることが出来ません。そのため原子力の平和利用と称して、高レベル放射性廃棄物を増大させております。中間貯蔵、地下埋蔵処分でも賄いきれず、地球に溢れさせてしまい、ついには廃棄物を宇宙空間へ向けて放り出すロケット型廃棄処分まで始める始末です。
 また原子力の軍事利用は更に酷い状態であります。我々の観察によれば、地球人はプロレスという実に野蛮な見せ物を好む生物であります。その極め付けは『バトル・ロイヤル』と呼ばれるもので、多数のレスラーが同一リングに上がり、品格もルールも無く死闘を繰り広げ、最後に勝ち残った者だけが勝利者として全ての富を独占するというものであります。万事がこの方式によって、この星が成り立っております。
 国と国との間も例外ではありません。今この星では一つ勝ち残った超大国があって、一番豊かな暮らしをしながら「正義のために」と称して傍若無人の振る舞いで戦争を続けています。正義とは、イコール最強・最富のことなのです。彼らは、核分裂を利用した初歩的な武器を持ち、これは自分らだけが持つ資格があり、他者には許されないものだと息巻いております。全ての富は彼らに集中し、地上のあらゆる歪みはここから発生しております。
 この国の勝利により、この星にあった幾多の主義思想は滅び、この国の持つ民主主義と自由な資本主義が最終的な勝利を得たのだと言います。民主主義とはいっても自国の中だけの話で、外に対してはバトルなのです。自由な資本主義とは聞こえがいいのですが、即ち最強者の欲望を満たすための『バトル・ロイヤル』に他ならないことに地球人は気づいておりません。地球の大国も、宇宙の小国に過ぎぬことに、気付いておりません。
【 本部長 】愚かな者たちだ。これ以上に銀河系の放射能汚染を放置する訳には行かない。それでは今後の指示を与える。部隊長は、チェルノブイリ事故の放射能を封じ込めたあの巨大な石棺を参考にして、もっと巨大な石棺を製造しなさい。それに地球を丸ごと封じ込めて未来永劫にわたって封印をしなさい。地球人もろとも封入されることになるが、それも宇宙の平和のためには仕方のないことじゃ。以上。隊長は直ちに行動を起こし、地球に向かい給え。成功を祈る!
 ガーガーピーピー・・

 突然K爺さんのテレビからもうもうとタバコ臭い煙が立ち昇った。腰も抜かさんばかりに驚いたK爺さんが外に飛び出して見ると、古アパートの上空には、東西南北全ての地平線を覆い尽くして、巨大な石棺が降下し始めていた。
「ああ、神様!仏様!お助けを!」

 K爺さんは、西日の差す四畳半に大の字になって目を覚ました。頭の横で、タバコの燃えさしが畳を焦がし、その煙が四角い天井に満ちていた。

     青森県医師会報 平成18年12月 523号に掲載


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