西暦20××年、真夏の夜。K神父は組み立てラジオに熱中していた。かつて「ラジオ少年」だった神父は、いまでもそれをお祈りの合間の愉しみとしていた。今夜も燭台の陰からラジオを取り出したが、今回はどこか違っていた。真空管だのコンデンサーだの繋ぎ合わせて行くうちに、突然スピーカーが異様な音を発し始めたのだ。この時K神父は、これから驚くべき通話を傍受することになろうとは、夢にも思っていなかったのである。彼のラジオに飛び込んだ怪電波は、頭上はるか大気圏を突き抜け、△△光年彼方からのものであった。K神父は 固唾を飲んで、スピーカーに耳を傾けた。
ガーガーピーピー・・
【 本部長 】それでは、会議を始める。私は、宇宙防衛隊の本部長である。今日は銀河系担当の部隊から経過報告を受ける。では、始め給え。
【 A部隊長 】はっ。我々は銀河系第三惑星(地球)に生物の発生を感知したので、直ちに同惑星に急行し、同惑星人がやがて宇宙の侵略者と成らぬよう事前の工作をして参りました。つまり、丁度エジプト上空を通過中、シナイ山に登って来たモーセという男に出会ったので、雲の合間から十戒を記した石を落としてやりました。彼はそれを携え意気揚々と下山して行きました。また、ナザレ村のマリアという女性には、優れたリーダーを産みなさいと励ましてやりました。生まれた子はイエスと名付けられました。彼が成人して荒野をさまよっておりました時には、われわれは悪魔となって、彼を厳しく鍛えてやりました。彼は立派なリーダーとなって、本部長の教えを伝道しております。今頃あの星は従順な星に成っていることでしょう。
【 B部隊長 】はっ。我々は、その星のガンジス川上空を通過中に、シャカ族の王子に出会いました。彼が菩提樹の下で考え事をしている時、我々は悪魔に化けて彼を強力に誘惑したのです。我々に従えば地上の全ての富と力を得、あらゆる欲望を満たすであろうと。しかし彼はそれらに執着することなく、自分はあらゆるものから自由になったというのです。それなら、その境地を独り占めしないで、他の地球人たちにも説いてあげなさいと、彼に指示を与えあの星を後にしたのです。今頃あの星は穏やかな星に成っていることでしょう。
【 C部隊長 】はっ。我々は、少し遅れてメッカという所へ到着し、そこの洞窟で瞑想に耽るムハンマドという男を発見したので、その洞穴に向かって、本部長からの指示を伝えました。彼はそれを、唯一絶対神アッラーに服従せよという啓示として、地球人たちに広めております。今頃あの星は統制の取れた星に成っていることでしょう。
【 本部長 】忠実なる職務遂行、ご苦労であった。お陰であの星も恒久平和を手にしていることであろう。おお、丁度あの星から偵察隊が帰還したところだ。偵察隊長は、直ちに現状を報告し給え。
【 偵察隊長 】はっ。あの星では、工作を受けた三人の者たちが、それぞれ仲間を増やし、三種類の宗教に分裂したまま対立を深めております。特にイエス派とムハンマド派の対立は激化しており、第三次世界大戦へ発展する可能性があります。
【 本部長 】想定外の事態だ・・・・。それでは今後の指示を与える。
A部隊長は、イエスと名乗り、キリストの再臨だと言ってキリスト教徒たちの中に降り立ちなさい。そして『汝の敵を愛せよ』という教えを繰り返しなさい。自分の仲間たちだけでなく、ムハンマドたちをも愛するのが真のキリスト者なのだと宣言して、直ちに『最後の審判』を始めなさい。
B部隊長は、五十六億七千万年後に西方浄土より飛来し全ての衆生を救済するという弥勒菩薩の姿をして、仏教徒たちの中に降り立ちなさい。そして邪宗門徒らと平和共存できる者こそが救済され、できぬ者は閻魔大王によって地獄へ堕ちるであろうと説きなさい。
C部隊長は、偶像崇拝とならぬよう姿を透明にして、回教徒たちの中に降り立ちなさい。そして、聖書もコーランも同じ『啓典の母』から生まれたる同胞であり、アッラーの神は人命尊重を根本とし、もはやジハード(異教徒との戦い)を望んではいないと宣言しなさい。人を殺したる者は『最後の審判』によって地獄へ堕ちるであろうと説き、直ちに審判を始めなさい。
それでは、それぞれの部隊長は直ちに行動を起こし、第三惑星に向かい給え。成功を祈る! 以上。
・・ガーガーピーピー・・
突然K神父のラジオからもうもうと線香臭い煙が立ち昇った。
「最後の審判が近い!ローマ法王様にお知らせせねば!」
K神父は震える手で電話機を取り、電話帳をめくった。今の出来事をローマ法王様に分かってもらえる自信はない。だが、たちまち窓外の夜空には無数の流星群が降り始めた。彼の胸中は千々に乱れ始めた。
「おお神よ、我に勇気を与え給え!」