史上最大の大津波
西暦20××年3月11日。地球を間近に望む宇宙空間に一艘の宇宙船が静止していた。その船内の会議室で緊急対策会議が始まった。
【 宇宙災害対策本部長 】ただ今より緊急対策会議を始める。私は宇宙災害対策本部長である。本日午後2時46分、銀河系太陽系第三惑星(地球)において未曾有の大地震と広汎な大津波の発生を感知した。近くの調査隊はすべて第三惑星に急行し、現状を報告せよ。
【 A調査隊長 】報告します。地球の極東の島国の近傍でM9.0の大地震が発生し、これによる大津波が島国の沿岸を襲い、壊滅的な被害が発生しております。それは筆舌を超えており、我々は腰が抜けて、ただただその映像を発信するのみであります!
【 B調査隊長 】報告します。我々は地球人たちの避難所を望遠鏡で観察しております。彼らは大津波で家族や財産を失いながらも、近所の仲間同士で助け合い秩序を保っています。一列に並び礼節を失わず食料や物資の配給を辛抱強く待っているのです。何と言うことでしょう。我々宇宙人でも考えられないことです!
【 C調査隊長 】報告します。我々は、地球上にもう一つの巨大地震と大津波を観測しました。それは18世紀末に、イギリスという島国で発生し、国境を超えて広がり、瞬く間にヨーロッパ大陸から北アメリカ大陸に波及し、この極東の島国にも押し寄せております。その勢いは衰えることなく南アメリカ大陸やアフリカ大陸に波及し、現在ほぼ地球の全域を呑み込みつつあります。この災害のために多くの地域の地球人が難民となって命を落としているのです。
この大津波の及ぶ前と通過した後を比較してみますと、人間社会の崩壊と環境破壊は眼を被うばかりです。即ち、この大津波の及ぶ前の地球人たちは、素朴な平等観を持ち、互いに助け合いながら、少ない物資を分け合って暮らしておりました。一人ひとりに個性があり仕事にプライドを持ち、大家族の団らんを持っていました。励ましの声を掛け合って、額に汗して労働をしていたのです。
ところがこの大津波に被災した後はどれ程か人心が荒廃してしまったことでしょう!お金や土地を所有することで主従上下の身分を作り、他人を蹴落としてでも大量の生産物資を独占しようとするのです。ただただ能率の良さだけが追求され、殆どの人々が交換可能な機械部品になるよう追い込まれます。最小単位の核家族すら壊され、夫も妻も子らも別々に働かねばなりません。励まし合いの声は鞭の音に取って代わり、強制労働に苦しむ者たちの悲鳴が響きます。
更に技術革新とリストラという第二波、第三波が繰り返して襲ってくるため、地球人たちの苦しみは終わることがありません。経済力学の競争に勝った一部の者たちが「勝ち組」と名乗り、圧倒的多数の「負け組」たちの富を奪います。勝ち組は、明日は負け組に転落するのではと戦々恐々としながらも、マネーゲームに耽るのです。この大津波に被災した国々では自国を先進国と呼び、これから大津波が及ぼうとしている国々を新興国と呼んで卑下するのです。
【 D調査隊長 】報告します。原子力発電所の被災に端を発した地球規模の放射能汚染は、たとえ微量といえども我々宇宙人にとっては大敵です。H.G.ウェルズ作「宇宙戦争」では、地球に襲来した無敵の火星人が不覚にも、地球の神の創造による風邪ウィルスの感染によって自滅してしまうという結末でした。もし、我々が地球人救護のためであれ、この地に上陸すれば、放射能であれウィルスであれ、火星人の轍を踏むこと必定です。本部長殿、我々に即刻退去のご下命を!
【 宇宙災害対策本部長 】了解。かつて地球人のなかにイエス・キリストという者が居て、この大津波を予知していた。彼は「空飛ぶ鳥を見よ。蒔かず、刈らず、取り入れず」と言って周囲を諭したのだが、地球人たちは聞く耳を持たなかった。小賢しい物欲に負けたのだ。そこから地球人たちの自滅の道が始まったのだ。彼らの信奉する資本主義なるものの将来は未だ混沌としておる。そこから地球人を救済するために、我ら宇宙人が身の危険を犯してまで関与せねばならぬ理由はない。
我々は、極東の島国で未曾有の大震災を目撃し、被災した人々の民度の高さに学び、これを最大の宝としたい。よもや、この島国の人々が放射能のために祖国を失い、世界の流浪の民となって「もう一つのユダヤ人」と呼ばれることのないよう願いながら、我々は退去する。
調査隊の諸君は直ちに帰還せよ。
宇宙船は方向転換すると、ジェットエンジンを全開にして「地球」から去って行った。
青森県医師会報 平成24年1月 584号 掲載