裸の王様・改訂版                         目次に戻る


 昔、ある所に小さな王国がありました。その王国には、乱暴な人々や、盗賊や嘘つきがいっぱい居ました。毎日の治安に疲れ切った王様は、絶対に正しい真理に憧れるようになりました。それに、王様はとても綺麗な服を着ていることが自慢だったのです。
 ある日、王様は重臣たちを呼び集めて命令したのです。
「わしはもう疲れてしまったぞ。それで、国の秩序を保つために、絶対正しい戒律を民衆に与えようと思うのだ。今から国中の学者を集めて真理を見極めて、戒律を作って、わしのところへ持って来るのだ。それと、もうこれ以上に美しいものが存在しない、一番の美しい服を作って持って来るのだ。どちらにもたくさんの褒美をとらすぞ。いいな」

 それ以来、国中の学者たちは真理探究に没頭し、機織師たちは至上の美をふるう服を織ることに心血を注いだのでした。ところが、どちらもこれと言った物がどうしてもできないのでした。
 そんな時、遠い異国から、大学者であり、どういう訳か機織りが趣味だという男が二人この国へやって来たのです。この噂はたちまち王様の耳に入り、さっそく城へ召されました。彼らは、かの異国で究められた真理の言葉を織り込んだ至上の美服を、王様へ献上致しますと約束したのです。王様は、これは一石二鳥だと、綿々と悦に入ったご様子でした。
 それからというもの、かの二人の大学者は、しかつめらしい顔で辞書をめくったり、山程の人生論を読みつつ、それでも少しずつ服は織り上がって行く様子でした。そして、彼らのふと漏らした言葉によると、どうも、不勉強な人や厚顔無恥な人には、織り込んだ文字はもとより、その服すらも見えないのだ、ということらしいのです。重臣たちは心配し、一人がその仕事部屋をそっと覗いたのでしたが、機織器には一片の布さえ見えないのでした。その重臣はたちまち自分の不勉強を恥じたのでした。

 数ヶ月が経ち、とうとう服が出来上がりました。一心に待ち望んでいた王様の前にうやうやしく差し出された大学者の両腕には、どうも誰が見ても何も見えないのでした。王様は、内心困ったのですが、それでも織り込まれた真理の文字と至上の美をふるう服を民衆に示そうと思いました。
 王様は城を出て、大通りを堂々と行進しました。学者から民衆に至るあらゆる人々は、裸の王様を見て、たちまち自分の不勉強を恥じたのでした。
 すると、民衆の中から、間抜けな男が、
「へへへ、王様!裸だがな」
と、つい本当のことを言ったのですが、これを聞いた民衆は、
「黙んなさい、この間抜けが!」
と、一斉にたしなめたのでした。
 王様は、この裸の行進を代々続けるように遺言されて、やがて安らかにお亡くなりになられたのでした。
 
 さて、賢明なる皆様は既にお気付きのことと思いますが、かの異国からやって来た二人の大学者とは、実は悪魔が変装していたのです。今頃、彼らは言っています。
「へへ、馬鹿な人間どもを、また一杯食わしてやったぞ。最初から何も有りゃしねえのによ。さあ、乾杯だ!」
 
 でも、学者も民衆も、勉強して、何とかしてあの真理の文字と至上の美服が見たいものだと思いました。それがために、王国にほんの少しばかりの秩序が出来たのでした。この善行に、悪魔は少し気を悪くした様子です。( 昭和49年4月21日)

     八戸地区弘前大学医学部同窓会誌「はちのへ」 第31号に掲載


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