季節労働者K君は、枯葉舞う街角を急いでいた。片手にコンビニ弁当を、他方には生活用具一式を詰めた鞄を持っていた。街の灯りの寂し気な一郭に定宿のインターネットカフェがある。そこに駆け込んで自分の席を確保すと、大きな溜息が出た。「ネットカフェ難民」「ワーキングプア」と呼ばれてもう何年経つのだろう。
K君は、郷里の高校を卒業すると上京した。IT革命が声高に言われ始めた頃に、IT専門学校を出た。コンピュータ技師として活躍できた期間は長くなかった。柔らかな発想が枯渇する頃には、使い捨ても同然に冷遇され、退職を余儀なくされていた。それからはT自動車季節工や派遣社員の職を転々として今に至っていた。
世界は米国政権が掲げる新自由主義政策に揺さぶられていた。政権は、富裕層を優遇しつつ経済活動の規制を緩和して、富の分配を自由競争による市場原理に任せたのだ。それは即ち、活性化の名の下に、国民を弱肉強食の生存競争へ突き落とすことであった。富裕と貧困の格差は急激に拡大し、中間層は貧困に転落し、働いても働いても貧困から抜け出せないワーキングプアと呼ばれる人々が増加していたのだ。その米国を後追いする日本においても同様の情況であった。
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ある夜半K君は、疲れ切った頭で、高校時代の世界史の授業を思い出していた。
「資本主義が極限まで行き着き、労働者が連帯蜂起して社会主義革命が勃発した」
また、かつてIT革命と言われた頃を重ねて思い返しているうちに、ふと思い付いた。
「ITを駆使して新しい形の革命を起こせば、ネットカフェ難民を救済できるのではないか?」
と。つまり、全国のワーキングプアたちに秘密裏に、革命を呼びかけるメールを送り、全国一斉に蜂起して、過去最大規模のストライキに突入するのだ。各自がネットカフェに籠城すれば、国家権力は人数不足になって手が出せないのだ。警察のネット通信網はサイバー攻撃で撹乱するのだ。パルチザンとかレジスタンスとか、レンタルDVDで聞いたような言葉が次々と脳裡を掠めていった。
「これだ!世界初のネット革命だ!革命政府樹立は西暦20××年1月1日午前0時に決定だ!」
雑駁とした暮らしが突然充実したのもとなった。決心を固めたK君は、次々と作戦を練り上げた。革命政府のホームページを作り、そのデザインを今までで最高にインパクトあるものに仕上げた。同志に呼びかけるメールは警察に感知されぬよう暗号化するなど、細心の注意を払った。オルグ活動には、自分を革命政府最高会議議長とする組織図を描いて採用することにした。毎晩パソコンに向かい、あらゆる活動家のメールアドレスを拾い出しては、革命戦士である自身の熱い胸の内をメールにし、檄を飛ばすのであった。時には
「同志よ共に戦い抜こう」
との旨のメールが入ることがあった。彼はいよいよ意を強くして行った。ネットカフェに出入りする自分の姿は、まるで地下アジトに潜入するオサマ・ビンラディンの様であった。
遂に運命の時は来た。いま世界中が大晦日であり、日付が変わる瞬間を境にして、今まで孤独な無名の一労働者だったK君が、世界史上に燦然と輝くネット革命の英雄に変身するのであった。K君は急いでいつもの席を占めると、早る心を抑えながらパソコンを立ち上げた。パソコンの中は、革命勃発を伝えるテレビ局の緊急速報が行き交い、全国の労働者からの情況報告メールと、英雄を褒め称える民衆からの厖大な数のメールで溢れているはずだ。折しも、店内の壁掛けテレビでは、「紅白歌合戦」が華やかに閉幕し、中継でつながったニューヨークのタイムズスクエアでは新年へのカウントダウンが始まった。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
無数の花火がバンバンと炸裂した。丁度その時、立ち上がったパソコンの液晶画面に文字が浮き出た。
「着信ナシ」
K君は何がどうなったのか理解できなかった。これは何かの間違いだ。K君は急いでパソコンのあちらこちらを開いてみたが、革命も英雄もどこにも見当たらないのだ。
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理由は簡単だった。彼の細心の革命呼びかけメールは、送られた先で「迷惑メール」として自動的にはじかれていたのだ。それに、誰でも英雄にはなりたいが、英雄の下に入って余計な束縛を得たいとは思わないのだ。呼びかけ人は多数いても、それに服従したいという人は普通居ないのだ。K君だって、一斉蜂起を呼びかけながら、他者からの呼びかけに自分が従うとメールを返したことはただの一度もないのだから。
この数ヶ月、何も変わっていなかった。K君はバーチャルの世界で革命戦士のゲームに没頭したに過ぎないのだ。むしろ驚くに足りない。人生そのものがバーチャルなのだから。
青森県医師会報 平成20年11月 546号に掲載