地球人の未熟な脳にとっては世界は理解しがたく不条理だらけなのです。それでは不安で生きていけません。彼らには世界を分かりやすく説明してくれる物語が必要なのです。これを信じることによって物語は真理となるのです。信じる力の強いヒトは、強者となり、大国となるのです。彼らの脳は容量が小さいので、物語がひとつしか入らず、ひとつの物語で一杯になればより原理的となります。彼らの脳が進化してその容量が増大するまで途方もない時間が必要でしょう。
ある島国では、小さな脳にたくさんの物語を受け入れることで大人しくなっている人々がおります。そこでは殉教のような非業の死の人物もいなければ、至福の人物もいなくて、人々は密かに死の恐怖に震えながら曖昧な人生を生きているのです。それは彼らが本当の物語を持っていないからなのです。これを解決するには、地球人が頭を良くして、「死の恐怖」の発生するメカニズムを自力で解明しなければなりません。それには莫大な時間が必要でしょう。
現在、地球人は宇宙ステーションの建設に着工し、活動範囲を地球外に拡大させております。病原体を宇宙空間へ拡大さてしまうのはもはや時間の問題です。感染を阻止するためには、病原体を根絶するしかありません。強力な殺菌剤を散布するか全土を焼き払うかしか手だてはありません。もはや一刻の猶予も許されません。ご指令を!以上。
【 指令メール第3報 】 ウィルスは未だ得られていない。検出を急ぎ給え。しかしながら、緊急事態と判断し出動を命じる。消毒隊は、最強の白色粉末殺菌剤を満載して、直ちに第三惑星に向かい給え。同惑星に到着したら待機し、私の最終指令を待って、地球に向けて有りったけの殺菌剤を散布し給え。それで効果がない場合は全土を焼き払うことになる。以上。
【 報告メール第3報 】 了解!本部長殿!
K所長は読み進むに従い全身に冷気を感じた。窓の外を見ると、天空より白いフワフワしたものが辺り一面に落下し、街並みが白く埋まり始めたのだ。
「宇宙人の襲来だ!」
この緊急事態をどこに報告したものか。K所長は震える手で電話機を取り、電話帳をめくった。厚生労働省に、WHOに、国連に、はたまたアメリカ国防省に連絡したものか。しかし、国防長官にこのメールを理解してもらえる自信はない。彼の心は千々に乱れた。
「おお、神様、仏様!」
大いに慌てたK所長は、この次ぎに続く最終メールを読む余裕がなかったのだ。それは以下の通りであった。
【 指令メール最終報 】 こちら本部長。報告にある全ての感染症疑い例において、いずれも証拠のウィルスは検出されなかった。ヒトから宇宙人への感染も認められていない。この星のある国のように、疑いだけで先制攻撃を開始するような愚行があってはならない。それでは、指令を与える。地球に一指も触れることなく、全員直ちに帰還せよ!以上。#$%&@*?・・・
K所長は、大きなクシャミとともに居眠りから目を覚ました。 窓の外を見ると、先ほど降り始めた初雪がもう街並みを白く埋めていた。冬将軍の到来も間近く、鳥インフルエンザ対策が正念場を迎えていた。
「青森県医師会報」平成19年10 533号に掲載
